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技術よりなことをざっくばらんにアウトプットします。

アルミ削り出しの一体型キーボードをつくった

はじめに

cornelius

この記事は キーボード #1 Advent Calendar 2020 の7日目の記事です。6日目の記事は@hsgwさんのARMマイコンを使ったスプリットキーボードの作り方でした。

自作キーボードという文化が流行りだして数年経ち、はじめは一部のキーボード大好きっ子で盛り上がっていましたが、今ではだいぶ広い範囲まで文化が浸透してきたような気がしています。今の日本でのブームの源流がLet's SplitやHelixとすると、どちらかといえば製品としてのキーボードというより、電子工作に近いところからスタートしたと認識しています。ただ最近では海外のように高級志向なキーボードを買う方々を国内でもよく見るようになり、また違う流れを感じ始めました。

私自身も今までサンドイッチタイプのCorneキーボードから、徐々にアルミ削り出しのキーボードに興味を持つようになり、色々なキーボードを試すようになり、新しくCorneliusというキーボードをつくりました。

この記事ではCorneliusを設計するに至った話や、その設計思想、詳細なスペックとすこし製造に関する話をしようと思います。

2020年の自作キーボードを印象づけるもの

すこし今年の出来事について個人的に印象深いものを振り返ってみます。

Polaris

polaris

GBは2019年でしたが、私のものは今年の4月頃に届きました。いわゆるカスタムキーボードと呼ばれるもので、今では当たり前のように見るようになったガスケットマウント、複数のカラーバリーエーションと洗練されたデザイン、ボトムケースの半分の大きさはあろうかというBrassのウェイト。GBという販売形式なので実物を見たことも触ったこともない中で、思わず2セット注文しました。それほど魅力的でした。

Polarisの実物が届き、組み立て、その品質の高さに圧倒されました。今まで使ってきた、触ってきたキーボードの中で圧倒的に最も打鍵感が心地よいキーボードでした。また当時はさほど気にしていませんでしたが、今見直すとBrassのPVDの処理の綺麗さ、エッジの面取りの正確さ、細かいところまでこだわりを感じるデザインなどほんとこれは最高だな、と何度も思わされます。

これによって明らかにハードルが上がりました。4月の時点でCorneliusの設計はもう80%ぐらい終わって少し満足しているところでしたが1からやり直しました。

VIA

via

海外のコミュニティではすでに当たり前になっていましたが、国内でもVIAに対応するキーボードが増えてきていると思います(VIAについての詳しい説明はこちら https://caniusevia.com/ )。VIAに対応したキーボードを差していればVIAがそれを自動で認識し、キーマップを変更すると即座に反映されます。この体験は今までのQMK Firmwareのキーボードではありませんでした(ErgoDox EZなど独自のツールを用意しているものは除く)。また、LEDに対応していれば点灯パターンやカラー、明るさなどをリアルタイムに変更でき、それだけでちょっと楽しかったりします。デザインもシンプルで扱いやすいのも良いです。

ただ、QMK Firmwareの一部の機能に対応していなかったり、今までファームにガッツリ手を加えていた方にとってはいまいちかゆいところに手が届かず、もどかしいかもしれません。また開発自体がオープンな場で行っておらず、VIA対応のPRのレビューも1月に1回ぐらいしか行われないところに将来性の不安を感じたりもします。

静電容量無接点方式に対応した自作キーボード

HHKBの分割がほしい!東プレスイッチに近いキースイッチはどれですか! これはコミュニティを少し覗くと頻繁に出てくる言葉です。静電容量無接点方式の性能的なところに魅力を感じている方もいれば、あの独特な打鍵感に魅力を感じている方もいるかと思いますが、とにかくHHKBやRealforceを愛用している方々は大勢います。分割キーボードや自作キーボードに興味はあるけど、静電容量無接点方式のものが出るまで手が出せないという方も結構多いのではないでしょうか。

そんな方々に朗報で、今年は静電容量無接点方式に対応した自作キーボードの事例が2つ立て続けに出てきました。一つは @sirojake さんによる Helix、もう一つは @_gonnoc さんによる Corne です。

さらにおふたりともそのノウハウを公開してくれています。

今後の展開が非常に楽しみですね。

Cornelius というものをつくった

cornelius_20201108_002

ここからは私自身の話です。

Corneというキーボードをつくって、しばらくアップデートを続けてきましたが、新しい挑戦としてアルミ削り出しのキーボードの設計に手を出しました。

割と初期の頃から@ai03_2725さんのアルミ削り出しのキーボードを実際に見て触っていましたが、当時はキーボードのケースの設計方法や、その発注方法について何もわからず、またかなりのコストが掛かるんだろうなと思って全く手が出せない状態でした。ただずっといつかはつくりたいなぁともやもや考えていました。

悩んでいても仕方がないのでとりあえずFusion360をインストールして触り始めたのがちょうど1年ほど前で、一体型のCorneをつくろうと思って手を動かし始めたのが今年の1月ごろです。

設計思想

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これは一番最初にモデリングしたもので、当初は内側にも傾斜をつけたデザインでした。後にType Kという同じように傾斜がついたものが出てきたり、@Salicylic_acid3さんによるNaked64SF v3ができたので、当時の設計のままでもよかったなーと少し思うところもあります。

設計思想というと何か大層なもののように聞こえてしまうかもしれないですが、人間工学的にどうとか、キー数を最適化したとかそういう話はあまりなくて、コンセプトは以下のとおりです。

  • Corneのようにコンパクト
  • Ergo的なレイアウトによる使いやすさ
  • 他のキーボードに負けない良い打鍵感
  • 見た目のバランス

[IC] Cornelius - Gasket mounted 40% column staggered keyboardのコンセプトには上3つのことを書きましたが、一番重視したのはなんだかんだで4つ目です。

何かをつくるにあたってコンセプトをはっきりさせるのはかなり重要だと思っていて、かつそれは人それぞれだと思います。40%でColumn StaggerdというのはCorneがもつコンパクトで使いやすいキーボードというコンセプトがそのまま継承されています。とはいえ作りたいものはCorneの上位互換というわけではなく、打鍵感を求めた上での一体型であり、バランスを考えた上でのキー数の変更だったりします。

見た目のバランス

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Corneを一体型としたとき、どのような角度でつなげるべきか、親指の1.5uはどうするのか、Column staggerdのズレ具合をどうするか、キー数をどうするのか、これはかなり思考を重ねました。1月から設計をはじめて、5月にはひとつめのプロトタイプを作成しましたが、またさらにその後に全体のバランスの調整をしています。

Corneと比較すると、すべて1u、キー数が42から48になっている、というのはわかりやすいですが、細かいところでは薬指と小指の範囲のキーを少し下げています。これは使いやすくするという面もありますが、ブロッカーをきれいに入れるために、最下段の真ん中の2キーを同じ高さにするためです。細かすぎて伝わらないかもしれませんが、キーボードを設計したことある方はこのあたりの調整に四苦八苦した経験があるかもしれません。

詳細なスペック

The architecture of cornelius

Cornelius を構成するパーツは

  • ケース
  • スイッチプレート
  • ウェイト
  • フォーム
  • PCB

です。

ケース

A6063を使用する予定です。 キーボードの素材としてアルミの中でもA6061またはA6063を使用することが多いです。

スイッチプレート

アルミとポリカーボネートを採用する予定です。 アルミは色が入れやすいので個性を出すためにバリエーションを増やし、個人的に打鍵感が好きなポリカーボネートも採用します。

ウェイト

どの素材を使うかはまだ調整中です。 ウェイトはカラーバリーエーションはなく黒一択の予定です。

フォーム

打鍵感を向上させる要素として結構重要なのがフォームです。 現時点ではPoronの一番やわらかいものを採用する予定です。

PCB

ソケット対応するか、はんだ付けが必要なものにするか悩みどころですが、ICの途中経過を見るとソケット対応が優勢なのでデフォルトはそちらになりそうです。ソケット対応するにあたって、特別な専用の設計をしていないのですが、フォームが敷き詰まっているので大丈夫かな、と思っています。

カラーバリーエーション

cornelius_20201108_001

これは最後まで悩みそうですが、いまのところケースは無難に黒、グレー、白(E-White)の三色にして、プレートで遊んでもらう想定です。

製造に関して

どこに発注しているか等の具体的な話は公開する予定はないですが、基本的にはすべてAlibaba経由で知り合った業者に発注しています。いくつかの業者の方と話をしましたが、日本からの注文はまだまだ少ないですが、世界的に見ればキーボードの注文はかなり増えているそうです。実際に Alibaba で "cnc keyboard" 等で検索するといくつもヒットするかと思います。

今まではPCBの発注やアクリルの発注、細かい電子部品の調達等、全てシステム上で完結するもので、データを作成して投げれば出来上がるものばかりでした。それに比べ、CNCの加工の発注に関しては大体のところは step ファイルを提出すれば作ってくれると思いますが、注意事項を加えたり、仕上がりについて要望を挙げたり、またはGBに関する相談をしたりと、かならずコミュニケーションが必要になる点が今までと違う点です。もちろん業者によって対応は様々だと思いますが、データを投げて作ってもらうというよりは一緒に製品をつくっていくという感覚でしょうか。

なおケースを設計して発注したいと考えている方はぜひai03さんの Brutally honest truths of designing cases を読んで頂きたいです。

おわりに

Corneliusは現在Interest Check中の真っ最中となります。少しでも気に入って頂けたらIC Formに回答して頂けると嬉しいです。

2020年は国内でも高級志向なキーボードが徐々に流行ってきていてこの流れは2021年でも続くと思います。ただ一方で自作キーボードにも静電容量無接点方式に対応し始めるなど形や価格帯以外のバリエーションも増え始めています。個人的には高級志向を求める流れと電子工作のような組み立てキットを求める流れの2極化していくのかなと思っています。

ただ海外の動向を見ると打鍵感を求めつつ、射出成形による大量生産キーボードが増えてきています。価格を抑えつつも使い心地の良いキーボードが国内でも流通し始める予感を感じていて、まだまだ目が離せないですね。

この記事は Cornelius prototype v2 with H1 switches lubed by Krytox 205g0 で書きました。

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Let's Split Rebuild Log

この記事は キーボード #1 Advent Calendar 2019 の 24 日目の記事です。

adventar.org

はじめに

2年前に Let's Split を組み立てて Build Log を書きました。

fstn.hateblo.jp

その当時ははじめの自作キーボードで、中国などからパーツを取り寄せて1ヶ月ほどかけて組み立てたのでよく覚えています。 最初は「こんなのでキーボードとして動くのだろうか?」と半信半疑だったため、いざ組み立て動いたときは感動しました。

さてあれから2年たって国内の自作キーボード事情は大きく変化しました。 いまやネット販売で国内からキーボードキットやキースイッチ、キーキャップなどがすぐ買えるし、秋葉原まで出れば専門の実店舗もあります。 なんの不安もなくパーツが購入でき、Buildログもネットを漁ればたくさん出てきます。

筆者自身もCorne Keyboardシリーズをキット化し販売を続けて来ました。 キーボードキットをたくさん組み立てて来ましたが、Let's Split を組み立てた当時の感動は薄れて組み立てることがただの作業に感じることも珍しくありません(実際プロトタイプなどを組み立てるのは作業ではありますが…)。

ここで当時の感動を思い出すために Let's Split をもう一度組み立ててみようと思い立ったわけです。 と、ただ組み立てるだけでは面白くないので今回はテンションを上げるためにオリジナルの箱を作ってみました。

箱

この記事ではその組立過程と改めて感じたことを書きます。

Build Let's Split

プラモデルを買うとテンションが上がりますが、これの要因の一つに「カッコいい箱」があると思っています。 実際に買ってきて箱を手に入れることで所有欲が収まるのでそのまま積んでしまいます。ただその積まれた様子も様になっていてそれも満足感が高いんです。 あの箱の中に未組立のパーツがぎっしり入っている、そう思うとたまらないわけです。

さて、キーボードの場合はどうかというと、これは満足感が非常に高いです。 正直もう組み立てないでこのまま積んでおこうかと思いました。それぐらいいいものに感じました。

ただこのままだと企画が進まないので組み立てていきます。

ダイオードはSMDタイプのものが大量に余っていたためリードタイプではなくこちらを使用しました。 最近の国内のキットを見てみるとダイオードの向きがすべて揃っていて、配置にも気を遣っていてつけやすくなっていると思います。 Let's Split を組み立てて思い出しましたが、これ向きがバラバラなんですよね。SMDタイプなので一つ一つ付けていくわけですが、目を離すとどこまで付けたか見失うことがあり結構ストレスでした。

TRRSジャックは国内でよくみる MJ-4PP-9 ではなくて、SJ-43514 を使います。 筆者はこのジャックがとても好きなんですが、残念ながら入手性が悪くて流行りませんでした。

ところでこの半田ジャンパってちょっと工夫すればなくせるような(リバーシブル対応で多く穴をあけるか半田ジャンパさせるかの選択が必要ですが)。

Let's Split は左右対称なので同じ面で実装しても使えます。ただし TRRS ケーブルを刺したときに不格好になってしまうので普段使いするときはちゃんと左右で実装した方がいいと思います。 このあたりは Zinc がうまくカバーしていて、PCBが非リバーシブルながら、TRRSジャックの位置を真ん中にすることでこの問題を解決しています。

リセットスイッチはいつものタクトスイッチを付けました。ただ想定としてはここには横向きのタクトスイッチが付けられるで持ってればその方が良かったです。

一番最初に Let's Split を組み立てたときはアクリルカットしてくれる業者も限られていました。Fabカフェなどでカットできれば一番安く済むのですが、別の方のビルドガイドでは Ponoko を使っていたので、それに従って Ponoko で発注しました。 Let's Split 2台分で4~5000円ぐらいして、当時は「高いなー」と思っていて余ったやつをずっと残していました。 今思うとこのアクリルカットの発注が Let's Split のパーツを揃える中で一番難易度が高かったです。ちなみにカットのデータも公開されているものをそのまま使ったのでアルプススイッチに対応していたりします。

スイッチは Gateron Ink Red を使用しました。黒いPCBに赤いスイッチは映えますね。

これで完成です。 キーキャップは Rama works の GRID SET A の 032U です。 途中スペーサーの長さや位置が合わなかったりしてちょっとPCBを加工したりしていたので意外と時間がかかりました。

Let's Split を改めて組み立ててみて

率直な感想ですが、組み立てづらく非常に満足感が低いです。 気になる点を列挙すると

  • ダイオードの向きが不揃い
  • ProMicroをキーの下に仕込むため無駄に高さがある
  • アクリルのサンドイッチケースで耐久性が低い
  • リバーシブルのPCBのため不要な穴が多い

ちなみにこのPCBはオリジナルのものを改良したものですが、もとのバージョンは

  • リセットスイッチが実装できない
  • キースイッチの位置がずれてる
  • TRRSジャックの半田ジャンパが複雑
  • 版権的にアウトな泥棒の絵が書いてある

などの問題があったりします。 版権の問題以外はそこまで気にならないレベルではありますが…

これから

Let's Split の組み立ては箱を作って詰めたところがピークだったという残念な結果に終わってしまいました。 ということで下記のようなものを進めています。

順当に進めば次の技術書典で「自作キーボード設計入門3」が出ます。 内容の詳細の公開はまだ控えますが、Let's Splitを題材にしてPCBの設計方法からケース設計までを載せる予定です。 既刊の内容と被る部分もありますが、基本的にはそれらを事前に読んで置くと理解が深まるような内容にするつもり(難易度をちょっと上げるつもり)なので宜しくおねがいします。